「私の与太話」「スマホの動画」
ある日、町まで用事があって電車に乗った。車内には五人ほど客がいた。座っている人も立っている人も、見事なくらい全員がスマホを見ている。新聞を読む人も、窓の外を見る人もいない。昔なら珍しい光景だが、今ではこれが普通なのだろう。

気になって、私は乗客たちの手元をそれとなく見てみた。ところが、ほとんど指を動かしていない。メールを書いている様子でもなく、ゲームをしている感じでもない。ただ画面をじっと眺めている。動画でも見ているのだろうか。車内は静かで、みんな別々の世界へ入っているようだった。

もちろん何を見るかは本人の自由である。それでも、YouTubeや短い動画を次から次へと眺めているだけなら、少しもったいない気がする。せっかく電車に乗ったのだから、窓の外を見れば町の変化にも気づく。何もしない時間だって、頭を休ませるには悪くない。

私は「見るだけで時間を使うのはもったいない」と思いながら、目的の駅までずっと乗客を観察していた。駅に着いてから、ふと気づいた。スマホを見ていた人たちは動画を見て時間を使い、私はその人たちを見て時間を使ったのである。
――結局、車内で一番何もしていなかったのは、私だった。
