67.『江戸小咄』「きよく馬(きよくうま)」
ある日、与太郎が長屋の連中に向かって言う。「実はおいら、吉原で“きよく馬”に乗ってきやした」
「おいおい、馬に乗るなんざ、大名のするこったろ?」とみな驚く。
だが与太郎は胸を張る。「あれがまた、粋でしてな。美人の揃ったところで、すーっと登場ってわけでさ」

ご隠居がにやりと笑い、「そりゃずいぶん景気のいい話だが、“きよく馬”ってのは聞き慣れねぇな」と問い返す。
「へい、なんでも、花魁たちが見物するって言ってましたぜ。ほら、背中に『馬』の字が書いてあった」
周囲がざわつく中、隣町の八っつぁんがぽつり。「それ、“見世物”かなんかじゃねぇのかい?」

数日後、与太郎の話を聞いた町の若い衆が吉原へ見物に行く。そこで見たのは――
派手な衣装をまとい、顔には白粉、背には「馬」の大きな字。どう見ても人間で、どこか間抜けな顔つきの男。
それは“清く正しい馬芸”と称した、新手の大道芸だった。芸の締めくくりに、口上が一つ。
「世の中、“馬”にならなきゃ渡れねぇ――」

長屋に戻った若い衆が笑いながら報告すると、ご隠居がぽつりとつぶやく。
「なるほど、“きよく馬”じゃなくて“清く馬鹿”ってこったな」
与太郎は頭をかきながら照れ笑い。「へぇ、おいらぁてっきり、“粋”の乗り物かと……」
――江戸の町では、馬鹿も芸のうち。洒落と間抜けが紙一重で粋に転がるのでござんす。
