65.『江戸小咄』「喜世留(きせる)」
長屋の与太郎、最近めっきり大人ぶって煙草を吸いはじめた。
手に入れたばかりの長い煙管(きせる)をくゆらせ、「へぇ、これが粋ってもんでさぁ」と得意顔。
近所の婆さんが「若い者が煙草なんて」と眉をひそめるのもどこ吹く風で、軒下に腰かけては一服、まるで通人(つうびと)気取りでござんす。

ある日、ご隠居が通りかかり、与太郎に声をかけた。
「おや、立派な煙管じゃねぇか。どこで手に入れたんだい?」
「へぇ、質屋で見つけやしてね。ちと長いところが、気に入りました」
ご隠居は煙管を手に取り、「ほぉ、こりゃ確かに“長い”……が、中味はどうだかね」とにやり。
煙草盆の火を借り、ふたりで一服。どこかのんびりとした夕暮れでござんす。

ところが、しばらくすると異変が。煙草を詰めるたび、ぽきりと折れる煙管の先。
「こりゃおかしいな……」と与太郎が覗いてみれば、なんと煙管の中に、竹の芯が仕込まれていた。
見た目ばかりの張りぼてで、火を入れるたびに焦げていく始末。
「なんだいこれ、偽物じゃねぇか!」と叫ぶ与太郎。長屋中に笑いが広がる。

ご隠居が笑いながら言う。
「だから言ったろ、“長い”だけじゃ粋とは限らねぇってな」
与太郎は頬を赤らめ、「ま、これもひとつの“勉強代”でさぁ」と照れ笑い。
以後、与太郎は“中身”こそが肝心と、安物の煙管ながら、しっかり火を入れて味わうようになったとさ。
――江戸の町では、見栄も失敗も、笑いと一緒に煙に巻くのが粋ってもんでござんす。
