149.日本おとぎ噺 「えんこうの一文銭(えんこうのいちもんせん)」
昔、川のほとりの村に、働き者の百姓が住んでいた。ある日、畑仕事を終えて川で顔を洗っていると、川底から手が伸び、百姓の足をつかんだ。水の中から現れたのは、猿に似た顔を持つ「えんこう」であった。えんこうは川の主のような存在で、人を水中に引きずり込む怪異として恐れられていた。百姓は必死に祈りながら抵抗すると、えんこうは「命を助ける代わりに、一文銭を持って来い」と告げ、百姓を解放した。

百姓は震えながらも家に戻り、財布から一文銭を取り出して川へ急いだ。川辺に戻ると、えんこうは待ちかまえており、百姓から一文銭を受け取るとニヤリと笑って姿を消した。百姓は無事に助かったが、その噂は村じゅうに広まり、えんこうは銭を好む妖怪として恐れられた。それ以来、村人たちは川で身を清める際には必ず銭を持ち歩くようになった。

ところが、ある若者が「たった一文でえんこうを退けられるなら、怖がることはない」と笑い飛ばし、銭を持たずに川で遊んだ。すると、再びえんこうが現れ、若者の足を引きずり込んだ。必死に暴れる若者だったが、銭を持たぬがゆえに助けの条件を示せず、やがて力尽きて水底へと消えた。その出来事に村人たちは震え上がり、えんこうの恐ろしさを改めて思い知らされた。

それ以降、村人たちは「川に入るときは必ず一文銭を持て」と子や孫に言い聞かせ、えんこうへの供物として川へ銭を投げ入れる習わしが続いた。銭一つで命を守れるという教訓は、人々に慎みと用心を促す戒めとなった。やがてこの話は、村の伝承として広まり、えんこうの存在は畏れと共に語り継がれていった。
