64.『江戸小咄』「山師(やまし)」
春先のこと、江戸の裏店(うらだな)に一人の男が越してきた。年の頃は三十ばかり、身なりはこぎれいながら、どこか胡散(うさん)くささも漂う風。近所の者が名を聞けば、「あっしは越中の山師でござんす」と、にやりと笑う。曰く、金山(きんざん)の目利きで、一山当ててやろうと江戸へ出てきたのだとか。

しばらくしてその山師、町角で「金の出る石」を売り始めた。黒光りする石を手に、「この石を井戸に沈めりゃ、金が湧く」と大仰な口上。最初は鼻で笑っていた町人たちも、見事な口八丁にその気になり、小判一枚、二枚と差し出す始末。「石一つで金が出るなら安いもんよ」と。あれよという間に評判が広まり、石は飛ぶように売れた。

だがある日、長屋の旦那衆が顔をしかめて集まった。「井戸に沈めても、何も出やしねえ」「どころか、井戸の水が濁っちまった」──怒り心頭の町人たちが山師のもとへ押しかけるも、すでに遅し。店はもぬけの殻、主は煙のごとく消えていた。「やられたねぇ」とご隠居がつぶやき、「江戸っ子も、口上には弱いってこったな」と苦笑い。

後日、同じ手口の山師が大坂でも騒ぎを起こしたと風の噂。だが江戸っ子たちはこうも言う。「あんな見え透いた話に乗ったのも、ひとつの“遊び”さね」。笑い飛ばして、また今日も井戸端で長屋の井戸水を汲む。
──江戸の町には、詐欺もまた一興、騙され上手も“粋”のうちでござんす。
