『宮沢賢治の詩と心象風景』第八回「原体剣舞連/全4回」Ⅲ悪路王と夜の鬼神
【原文】
Ho! Ho! Ho!
むかし達谷の悪路王
まつくらくらの二里の洞
わたるは夢と黒夜神
首は刻まれ漬けられ
アンドロメダもかゞりにゆすれ
【現代語訳文 】
ホー、ホー、ホー!
遠い昔、達谷の岩屋にひそんだ悪路王。
二里も続く洞窟は、光ひとつない闇の底。
そこを渡ってゆくのは、夢なのか、夜の鬼神なのか。
討たれた王の首は切り落とされ、塩に漬けられたという。
その血なまぐさい昔語りに呼応するように、
夜空のアンドロメダ星雲まで、篝火の炎を受けて、
大きく揺らめき、震えている。

【原文】
青い仮面このこけおどし
太刀を浴びてはいつぷかぷ
夜風の底の蜘蛛おどり
胃袋はいてぎつたぎた
dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah
【現代語訳文 】
青い仮面をつけた鬼は、いかにも恐ろしげに見せかけている。
けれど太刀の光を浴びれば、ふらり、ふらりと身をかわし、
夜風の底で蜘蛛のように手足を広げて踊り狂う。
腹の底にたまったものまで、すべて吐き出すほどの激しさで、
身体も心も、ぎたぎたに切り刻まれてゆく。
ダッ、ダッ、ダッ、ダッ、ダッ、スコ、ダッ、ダッ――
太鼓の響きが、暗い夜を揺さぶりつづける。

【原文】
さらにただしく刃を合はせ
霹靂の青火をくだし
四方の夜の鬼神をまねき
樹液もふるふこの夜さひとよ
赤ひたたれを地にひるがへし
雹雲と風とをまつれ
dah-dah-dah-dahh
【現代語訳文 】
さらに正しく太刀と太刀を打ち合わせ、
雷鳴のような青い火花を散らせ。
四方の闇にひそむ鬼神たちを呼び集め、
木々の樹液さえ震える、この一夜を燃え上がらせよ。
赤い装束の裾を大地にひるがえし、
雹をはらんだ雲も、荒れ狂う風も、
すべて神々への供えものとして祭れ。
ダッ、ダッ、ダッ、ダーン――
太鼓の響きが夜空を打ち、剣舞はますます激しくなる。

【原文】
夜風とどろきひのきはみだれ
月は射そそぐ銀の矢並
打つも果てるも火花のいのち
太刀の軋りの消えぬひま
dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah
太刀は稲妻萓穂のさやぎ
獅子の星座に散る火の雨の
消えてあとない天のがはら
打つも果てるもひとつのいのち
dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah
【現代語訳文 】
夜風はうなり、ひのきの梢は激しく揺れる。月は無数の銀の矢を地上へ射しこみ、打ち合う太刀は、散る火花のような一瞬の命を燃やす。きしる刃の響きが消えぬあいだ、剣は稲妻のように走り、すすきの穂のざわめきのように震える。獅子座のあたりへ火の雨は散って、たちまち天の原に消える。打つことも果てることも、すべてはただ一つの命の燃焼なのだ。
