63.『江戸小咄』「糞(くそ)」
ある日、長屋の与太郎が、裏手の道を通りかかると、道端に大きな糞(ふん)が落ちている。見るからに新しい。「おっと、こりゃ危ねぇや」と、思わず足を引っ込めるが、次の瞬間、閃いた。
「これで一杯くってやらぁ」と、悪戯心がむくむく。ご隠居に仕込まれた言い回しを思い出しつつ、与太郎は策を練る。

しばらくして、町内の知った顔――口うるさい魚屋の親爺が通りかかる。与太郎、待ってましたとばかりに声をかける。
「親爺さん、そこの道、通っちゃあいけませんぜ。今しがた武士が馬で通って、大事なもんを落としていきやした」
「なんだってぇ⁉」と親爺が立ち止まると、与太郎は神妙な顔で、「武士の落とし物ってぇのは、下手に手を出すと切られるって話で……」と脅かす。

親爺、眉をひそめて糞を見つめ、「なるほど、これは……うむ?」と首をかしげるが、与太郎の真顔につられ、納得しかける。
「で、で? 拾ってやった方がいいのか、それとも……」
与太郎は大げさに見回して、「見なかったふりが、いちばんですぜ」と小声でささやく。
そこへご隠居が通りかかり、一部始終を見ていて、にやりと笑いながら一言。

「ばかやろう、落とし物ってのは、武士じゃなくて犬のだろうよ」
与太郎はしらばっくれて、「へぇ、犬も武家の出かもしれませんで」と言い訳。
親爺は気づいて「こしゃくな真似を!」と怒るも、つい笑ってしまう。
――江戸の町では、糞ひとつにも、笑いと知恵が転がっていたのでござんす。
