よもやま文庫/語り継ぐこころ

日本おとぎ噺・江戸小咄、古典落語・笑いの匠たち・私の与太話・古典小説のダイジェスト版と挿絵です。 文も挿絵もChatGPTが作っています。ちょんまげの描写が正しくできません。お許しを。

『宮沢賢治の詩と心象風景』第六回「小岩井農場」3話 黒い外套の旅人/全12話

100えんメガネ

【原文】

とびいろのはたけがゆるやかに傾斜して
すきとほる雨のつぶに洗はれてゐる
そのふもとに白い笠の農夫が立ち
つくづくとそらのくもを見あげ
こんどはゆつくりあるきだす
(まるで行きつかれたたび人だ)
汽車の時間をたづねてみやう
こゝはぐちやぐちやした青い湿地で
もうせんごけも生えてゐる
(そのうすあかい毛もちゞれてゐるし
どこかのがまの生えた沼地を
ネー将軍麾下の騎兵の馬が
泥に一尺踏みこんで
すぱすぱ渉つて進軍もした)
雲は白いしひとはわたしをまつてゐる
もう待ちかねてあるきだす
トツパースの雨の高みから
けらを着た女の子がふたりくる
シベリヤ風に赤いきれをかぶり
まつすぐにいそいでやつてくる
(Miss Robin)だな働きにきてゐるのだな
農夫は富士見の飛脚のやうに
笠をかしげて立つて待ち
白い手甲もはめてゐる、もう二十米だから
しばらくあるきださないでくれ
じぶんだけせつかく待つてゐても
用がなくてはこまるとおもつて
あんなにぐらぐらゆれるのだ
(青い草穂は去年のだ)
あんなにぐらぐらゆれるのだ
空気もいゝし顔もすつかり見えるから
ここからはなしかけていゝ
シヤツポをとれ(黒い羅沙もぬれ)


【現代語訳文 】

鳶色の畑がなだらかに傾き、透きとおる雨粒に洗われている。麓には白い笠の農夫が立ち、空の雲をじっと見上げてから、疲れた旅人のように歩きだした。青い湿地にはモウセンゴケが生え、遠い戦場を渡る騎兵の影さえ浮かぶ。雨の中、赤い布をかぶり、蓑を着た少女が二人、働きに急いでくる。農夫は笠を傾け、白い手甲のまま私を待っている。風に草穂が揺れ、濡れた黒い帽子を取り、私はようやく声をかける。



【原文】

このひとはもう五十ぐらゐだ
(ちよつとお訊ぎ申しあんす
盛岡行ぎ汽車なん時だべす)
(三時だたべが)
ずゐぶん悲しい顔のひとだ
博物館の能面にも出てゐるし
どこかに鷹のきもちもある
うしろのつめたく白い空では
ほんたうの鷹がぶうぶう風を截る
雨をおとすその雲母摺りの雲の下
はたけに置かれた二台のくるま
このひとはもう行かうとする
白い種子は燕麦なのだ
(燕麦播ぎすか)
(あんいま向でやつてら)
この爺さんはなにか向ふを畏れてゐる
ひじやうに恐ろしくひどいことが
そつちにあるとおもつてゐる
そこには馬のつかない廐肥車と
けわしく翔ける鼠いろの雲ばかり
こはがつてゐるのは
やつぱりあの蒼鉛の労働なのか
(こやし入れだのすか
堆肥ど過燐酸どすか)
(あんさうす)
(ずゐぶん気持のいゝ処だもな)
(ふう)


【現代語訳文 】

その人は、もう五十歳ほどだろう。盛岡行きの汽車の時刻を尋ねると、三時だろうと答えた。ひどく悲しげな顔で、能面のようでもあり、どこか鷹の鋭さも宿している。白く冷たい空では、本物の鷹が風を切って飛び、雨を落とす雲の下には二台の荷車が置かれている。燕麦をまくのか、肥料を入れるのかと話しかけても、老人は向こうにある何かを恐れている。灰色の雲と重い労働の先に、言葉にならない厳しさを見つめているのだ。



【原文】

この人はわたくしとはなすのを
なにか大へんはばかつてゐる
それはふたつのくるまのよこ
はたけのおはりの天末線
ぐらぐらの空のこつち側を
すこし猫背でせいの高い
くろい外套の男が
雨雲に銃を構へて立つてゐる
あの男がどこか気がへんで
急に鉄砲をこつちへ向けるのか
あるひは Miss Robin たちのことか
それとも両方いつしよだらうか
心配しないでくれたまへ
わたしはどつちもこわくない
やつてるやつてるそらでは鳥が
(あの鳥何て云ふす 此処らで)
(ぶどしぎ)
(ぶどしぎて云ふのか)
(あん 曇るづどよぐ出はら)
から松の芽の緑玉髄
かけて行く雲のこつちの射手は
またもつたいらしく銃を構へる
(三時の次あ何時だべす)
(五時だべが ゆぐ知らない)
過燐酸石灰のヅツク袋
水溶十九と書いてある
学校のは十五%だ
雨はふるしわたくしの黄いろな仕事着もぬれる
遠くのそらではそのぼとしぎどもが
大きく口をあいてビール瓶のやうに鳴り
灰いろの咽喉の粘膜に風をあて
めざましく雨を飛んでゐる
少しばかり青いつめくさの交つた
かれくさと雨の雫の上に
菩提樹皮の厚いけらをかぶつて
さつきの娘たちがねむつてゐる
爺さんはもう向ふへ行き
射手は肩を怒らして銃を構へる
(ぼとしぎのつめたい発動機は……)
ぼとしぎはぶうぶう鳴り
いつたいなにを射たうといふのだ


【現代語訳文 】

老人は、私と話すことをひどくためらっている。畑の果て、揺れる空の手前には、猫背の背の高い男が黒い外套を着て、雨雲へ銃を構えていた。気の狂った男なのか、娘たちを警戒しているのか。私は恐れず、鳥の名や汽車の時刻を尋ねる。雨に濡れた肥料袋には「水溶十九」とあり、黄色い仕事着も重くなる。遠い空ではボトシギが瓶を吹くように鳴き、娘たちは蓑をかぶって草の上に眠る。老人は去り、射手だけが肩を怒らせる。いったい、何を撃とうというのだ。



【原文】

爺さんの行つた方から
わかい農夫がやつてくる
かほが赤くて新鮮にふとり
セシルローズ型の円い肩をかゞめ
燐酸のあき袋をあつめてくる
二つはちやんと肩に着てゐる
(降つてげだごとなさ)
(なあにすぐ霽れらんす)
火をたいてゐる
赤い焔もちらちらみえる
農夫も戻るしわたしもそつちへついて行かう
ひとりのむすめがきれいにわらつて起きあがる
みんなはあかるい雨の中ですうすうねむる
《うな いいおなごだもな》
にはかにそんなに大声にどなり
まつ赤になつて石臼のやうに笑ふのは
このひとは案外にわかいのだ
すきとほつて火が燃えてゐる
青い炭素のけむりも立つ
わたくしもすこしあたりたい
《おらも中つてもいがべが》
《いてす さあおあだりやんせ》
《汽車三時すか》
(三時四十分
まだ一時にもならないも)
火は雨でかへつて燃える
自由射手は銀のそら
ぼとしぎどもは鳴らす鳴らす
すつかりぬれた 寒い がたがたする


【現代語訳文 】

老人の去った方から、赤い頬をした若い農夫が、丸い肩をかがめて肥料の空袋を集めながらやって来る。「もう雨は上がる」と笑い、焚き火の赤い炎へ戻っていく。眠っていた娘も起き上がり、雨の中に明るい笑顔を見せた。農夫は大声で娘をほめ、真っ赤になって石臼のように笑う。思ったより若い男なのだ。青い煙を上げる火に私もあたらせてもらう。汽車まではまだ長い。雨に濡れた火はかえって燃え、空では鳥が鳴き続ける。私はずぶ濡れで、寒さにがたがた震えている。


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