58.『江戸小咄』「朝鮮人(ちょうせんじん)」
ある日、江戸の町に「朝鮮人の一行が来るらしい」との噂が立った。長屋の与太郎は、初めて聞く異国の名に興味津々。「朝鮮てぇのは、唐の向こうか? 人の背ぇにも文字が書いてあるって話だぜ」と言えば、ご隠居がにやりと笑って、「お前さん、それは絵草紙の読みすぎだ」とたしなめる。

いよいよその日、町は見物人で賑わい、通りは提灯や幟で華やかに飾られた。与太郎も鼻息荒く駆けつけ、群衆の隙間から覗くと、きらびやかな衣装をまとった使節団が悠然と行進してくる。赤や青の異国風の衣、笠のかたちも見慣れぬもの。与太郎は感嘆し、「おお、これが異国の“通人”かぁ」と呟く。

だがその晩、長屋で与太郎は「朝鮮人を真似てやろう」と奇妙な格好で現れる。赤い風呂敷を頭に巻き、物干し竿を杖にして歩きながら、片言で「カムサハムニダ~」などと口走る。これには皆腹を抱えて大笑い。ご隠居も「その“朝鮮”、どう見ても“茶番”じゃねぇか」とあきれ顔。

翌日、ご隠居がぽつりと言う。「見た目に惑わされるな。異国の人も、町人も、心根はたいして変わりゃしねぇ。敬うべきは姿じゃなく、志ってもんさ」。与太郎はしばし考え、「じゃ、俺も“江戸の使節”として、長屋を盛り上げましょうかね」と笑う――
――江戸の町では、笑いの中にも、異文化を受け入れる“粋”が息づいていたのでござんす。
