136.日本おとぎ噺 「母の面と鬼の面(ははのめんとおにのめん)」
昔、ある村に親孝行な若者がいた。幼い頃に母を亡くし、形見として残された「母の面(おもて)」を大切に抱いて暮らしていた。その面は、母の優しい顔を写し取ったように穏やかで、若者は寂しくなるとその面を手に涙をこぼした。村の人々も「本当に母思いの息子だ」と感心するほどであった。

ところがある時、鬼が現れて村を荒らすようになった。人々は恐れおののき、若者のもとへ「どうか鬼を退治してくれ」と願い出る。若者は勇気を奮い立たせ、母の面を懐に忍ばせて山へ向かった。夜の山中で鬼に出会い、若者は震える心を抑え「母上、どうかお守りください」と祈った。すると、不思議なことに母の面からかすかな光がこぼれた。

光を浴びた鬼はたちまち動きを止め、苦しみながら後ずさりした。母の面には慈悲の力が宿っていたのだ。鬼は「眩しい…!」と叫び、やがて地に伏して動かなくなった。若者は驚きつつも、母の愛が自分を護ったのだと悟り、涙を流して手を合わせた。村に戻ると、人々は鬼のいなくなったことに安堵し、若者の勇気と母の面の霊験を称えた。

その後、母の面は村の社に祀られることとなった。人々は「母の愛は死してなお子を護る」と語り継ぎ、面の前で祈る者は災いを免れると信じられるようになった。若者も村人も、母の面を仰ぎ見るたび、慈しみの心を忘れぬよう努めたという。こうして「母の面と鬼の面」の話は、親子の情と母の力を伝える教えとして今に残っている。
