よもやま文庫/語り継ぐこころ

日本おとぎ噺・江戸小咄、古典落語・笑いの匠たち・私の与太話・古典小説のダイジェスト版と挿絵です。 文も挿絵もChatGPTが作っています。ちょんまげの描写が正しくできません。お許しを。

「私の与太話」「スポーツジム」

100えんメガネ

こんな田舎でも、最近はスポーツジムがずいぶん増えてきた。買い物に出れば新しい看板が目につき、月会費も安い。若い人なら「近い、安い、いつでも使える」で十分なのだろう。ところが年寄り仲間に聞くと、どうも評判がよろしくない。「あそこは風呂がない」「こっちはプールがない」。運動器具の話より、まず出てくるのが風呂とプールなのである。



考えてみれば、年寄りがジムへ行く目的は筋肉をつけることだけではない。少し歩いて、少し機械を動かして、風呂へ入り、顔なじみと世間話をする。「今日は誰々が来ていない」「腰が痛い」「孫が就職した」などと話している時間の方が長い人もいる。つまり我々にとってスポーツジムとは、運動施設というより、風呂付きの健康ランド兼集会所なのである。



私も昔は走れたが、年を取ればランニングからウォーキングへ変わる。そのうち歩くのも大変になれば、次はプールで水中ウォークだろう。水の中なら膝や腰への負担も少ない。そう考えると、風呂もプールもない新しいジムへ移る気にはなかなかなれない。機械が最新でも、こちらの体は年々旧式になる。結局、設備の古さより、自分の老朽化の方が問題なのである。



そんなわけで、多少古くても、風呂があってプールがあって、いつもの顔ぶれがいる今のジムへ通い続けることになりそうだ。新しいジムには最新式の機械が並び、若者が黙々と汗を流している。こちらは歩いて、風呂へ入って、仲間としゃべって帰る。それでも本人は立派に「今日もジムへ行ってきた」と胸を張る。

――もっとも最近は、運動時間より風呂と世間話の方が長い。
そのうち会員証に「スポーツジム」ではなく「老人会」と書かれるかもしれない。


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