49.『江戸小咄』「菜うり(なうり)」
春のうららかな朝、長屋の路地に「菜ぁ~いかがでぇ!」と、威勢のよい声が響く。声の主は与太郎。ひょんなことから、青菜を天秤棒にぶら下げ、菜売りに挑戦することになった。野菜の名も怪しい彼だが、元気だけは一人前。長屋の婆さんたちは、その姿を面白がって冷やかす。「声だけは新鮮だよ」と。

与太郎、最初は売れずにがっかりするが、ご隠居に教わり「粋な売り口上」を覚えることに。
「朝露にぬれたばかりの、春の芽吹きでござい〜」
言葉の響きに惹かれて、道行く町人たちも足を止める。声に工夫をこらし、菜の束を高く掲げて歩くうち、ぽつぽつと売れ始める。「見かけは悪いが、味はいいよ」と笑顔を添える与太郎。江戸の町に、菜と声が風に乗って広がっていく。

ある日、武家屋敷の門前で大声を上げたところ、門番に睨まれる。「無礼者、控えい!」と叱られ、思わず後ずさる与太郎。ところが、奥から出てきた奥方が、「その青菜、いただけますか」と柔らかく声をかける。菜を手に取り、「ふふ、まるで田舎の春を思い出しますね」と微笑む。与太郎、恐る恐る礼を言い、顔を真っ赤にして去っていく。

その日の夕暮れ、長屋に戻った与太郎は、残った菜を婆さんたちに分けて回る。「江戸じゃ、菜にも気品がいるんでさぁ」と照れ笑い。ご隠居が一言、「菜も売り手も、気持ち次第ってこったな」――
江戸の町では、たとえ不器用でも、心を添えて声を届ければ、それがひとつの“商いの粋”となるのでござんす。

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