51.『古典落語』「お化け長屋(おばけながや)」
江戸のとある町に、一軒の空き長屋があった。訳あってしばらく誰も住んでいないが、大家が新しい住人を探している。そこへやってきたのが町医者・久六(きゅうろく)先生。金がないので家賃が安いこの長屋を借りようとするが、大家は渋い顔。「あそこは出るんですよ、出るんです……」と、お化け騒ぎで誰も長く住めぬと告げる。しかし久六先生は「迷信ですな」と笑い飛ばし、「もし出たら薬でもつけてやりましょう」と豪胆な様子。こうして先生は、例の“お化け長屋”に住むこととなる。

夜も更けた頃、先生が一人床に就いていると、襖の向こうからかすかな音が聞こえてくる。やがて、白装束の亡霊が「うらめしやぁ〜」と現れる。だが、さすがは町医者。「ほほう、出ましたな。では診察しましょう」と冷静に応じるやいなや、脈をとり、顔色を見て、「これは冷えが原因。葛根湯でも飲みなさい」と薬を差し出す始末。お化けは面食らい、「お、お医者さまですか」とたじたじに。

その後も次々と現れる幽霊たちに、先生は問診し、針を打ち、湯をすすめ、しまいにはお灸まで据える始末。幽霊の方がすっかり居心地悪くなり、「もう出るのやめましょうかね」と相談を始める。一方、長屋の噂を聞きつけた近所の連中が「先生が“お化け退治”をしたらしい」と面白がって訪ねてくるが、先生は「お化けというのは心の病。驚く心が幻を作るのです」と説く。

こうしてお化け騒ぎはすっかり収まり、長屋には再び住人が戻ってくるようになる。久六先生の名も「幽霊も逃げ出す先生」として広まり、町でも評判に。江戸の町には、こうした奇天烈で人情味あふれる医者が一人や二人、どこにでもいたもの。お化け長屋も、今ではすっかり笑い話――幽霊よりも肝の据わった町医者が、笑いとともに江戸の町に一石を投じた一席である。

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