よもやま文庫/語り継ぐこころ

日本おとぎ噺・江戸小咄、古典落語・笑いの匠たち・私の与太話・古典小説のダイジェスト版と挿絵です。 文も挿絵もChatGPTが作っています。時々間違えます。お許しを。

『宮沢賢治―光と風の生涯』第二部 信仰と創作の目覚め 第五章 父との対立と上京

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盛岡高等農林学校を卒業した賢治は、学んだ農芸化学を生かし、農民の暮らしに役立つ仕事をしたいと願った。しかし父政次郎は、花巻で営む質屋と古着商を継ぐことを望んでいた。貧しい人々から品物を預かり利息を取る家業に、賢治は強い疑問を抱く。父と子は互いを思いながらも、将来や信仰について激しく言い争うようになった。



賢治は法華経への信仰を深め、家族にも同じ教えを信じてほしいと願った。一方、父は浄土真宗を重んじ、家族の伝統を急に変えることには反対した。賢治は熱心に父を説得したが、父も容易には譲らない。家族を救いたいという賢治の思いは、時に激しい言葉となり、家の中には張りつめた空気が続いた。母や妹たちは、二人を心配しながら見守った。



大正十年一月、父との対立に苦しんだ賢治は、ほとんど家族に相談しないまま花巻を離れ、汽車で東京へ向かった。都会では印刷物の校正などでわずかな収入を得ながら、信仰団体の活動に参加した。狭い下宿で暮らし、街頭で教えを説く一方、童話を猛烈な勢いで書き始める。孤独と貧しさの中で、信仰と文学が一つの道として結びついていった。



東京で新しい道を探していた賢治のもとへ、妹トシが病気になったとの知らせが届いた。兄妹の深い絆を思い、賢治は活動を中断して花巻へ戻る。父との意見の違いは消えなかったが、家族を思う気持ちは互いに変わらなかった。上京生活で得た信仰への確信と創作への情熱は、その後、農学校教師として働き、詩や童話を生み出す大きな力となった。