46.『江戸小咄』「将棊(しょうぎ)」
長屋の隅に住む与太郎は、将棋の名人ご隠居に憧れ、毎日のように手ほどきを受けておりました。「角が飛び、飛車が斬る。まるで戦(いくさ)だねぇ」と目を輝かせる与太に、ご隠居は笑って言う。「戦さでも、肝心なのは“間”だよ、与太。考えもせずに動けば、自滅するって寸法さ」

やがて、町内の暇人たちが集い、ご隠居と与太郎の将棋対局がちょっとした見世物に。「こちとら江戸の真剣勝負、観るも一興、笑うも一興」と声もかかる。与太郎は負けてばかりだが、それでも楽しそうに駒を打ち、勝った気分で「今日はいい戦だった」と胸を張る始末。

ある日、与太郎が珍しく優勢となり、町内の連中も「こりゃ番狂わせか?」とざわつく。だがその時、与太郎、興奮のあまり「成るべきか、ならざるべきか……」と叫び、なんと王将を敵陣に突っ込ませた。場は大爆笑。ご隠居も扇子を落として、「与太、それは“将棊崩し”だよ」と肩を震わせる。

対局のあと、与太郎はしょげつつも、「駒の進め方は覚えました。でも“引き際”ってのは、まだまだですな」とぽつり。ご隠居はうなずき、「それがわかりゃ、お前さんも一人前よ」とにっこり笑った。
――江戸の町には、勝ち負けを超えた“粋”な将棋があったのでござんす。

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