72.『江戸小咄』「契約(けいやく)」
江戸のある町角。質屋の隣に住む若旦那・喜之助(きのすけ)は、放蕩癖がありながらも人あたりがよく、町内でも顔の広い男。そんな彼がふとしたことで大店の番頭に声をかけられる。「もし、あっしと“堅い約束”ができるなら、ちょいと儲け話がござんす」と。喜之助は軽い気持ちで「任せなさい」と快諾。だが、“約束”の中身は聞かずじまい。

その後、番頭の紹介で“商いの手助け”としていくつかの仕事をこなす喜之助。客に軽口を叩いては和ませ、帳合いでは町人の気持ちを汲んで話をまとめる。「おや、これは意外と性に合ってるかも」などと本人もご機嫌。近所の者たちも「喜之助が変わった」と感心し、親の質屋も「やっと目を覚ましたか」と喜ぶ。

ところがある日、番頭が急に姿を消す。喜之助は騙されたのではと不安になるが、その直後、奉行所から呼び出しが。聞けば、番頭は商家に損を与えた詐欺師で、共犯として喜之助の名が挙がっていたという。取り調べを受ける喜之助は、「番頭とは“堅い約束”をしただけで、中身は…」と答えるが、それがかえって疑いを深めてしまう。

調べの結果、喜之助に悪意はなく、番頭の仕業とわかって釈放される。だが、彼はしみじみと語る。「“契約”ってぇのは、形や言葉だけじゃねぇ。中身を知らずに交わしゃ、ただの“首輪”でござんすよ」。これを聞いた奉行は苦笑し、「一つ、学びを得たようだな」と一言。こうして喜之助は再び質屋に戻り、今度こそ自分の“約束”を大切に生きるようになったとか。
