よもやま文庫/語り継ぐこころ

日本おとぎ噺・江戸小咄、古典落語・笑いの匠たち・私の与太話・古典小説のダイジェスト版と挿絵です。 文も挿絵もChatGPTが作っています。ちょんまげの描写が正しくできません。お許しを。

「私の与太話」「年寄りの誕生日」

100えんメガネ

とうとう七十九歳になった。めでたいのか、めでたくないのか、自分でもよく分からない。八十歳まで、あと一年。「八十を過ぎれば、死ぬか、ボケるか」と勝手に区切っているので、とりあえず今年一年は元気に頑張ることにした。もっとも、七十九まで来れば、一年先の心配より、今日の晩ご飯がおいしいかどうかのほうが大問題である。



八十を過ぎて少々ボケてきたら、デイサービスへ通わせてもらおうと思っている。昔、そこで働いたことがあるので、どんな所かはだいたい分かっている。みんなで体操をしたり、歌を歌ったり、お茶を飲んだりする。「今日は何曜日ですか」と聞かれて、「知らん」と答えても、それほど怒られない。案外、今より気楽な暮らしかもしれない。



ただ、できることなら特養などの施設暮らしはしたくない。静かな部屋で一日中テレビを見ているより、まだ外へ出て、人と話し、好きなものを食べ、くだらない与太話を書いていたい。寿命が何歳まであるかは誰にも分からない。それなら残り時間を数えるより、「今日は何をして遊ぼうか」と考えるほうが性に合っている。生きるだけ生きて、楽しめるだけ楽しむつもりである。



そんなわけで、七十九歳の目標は「あと一年、元気に頑張る」。八十歳になったら、そのとき改めて考えればいい。もし元気なら、また一年遊ぶ。少しボケたら、デイサービスで友達をつくる。もっとボケたら、「今日は初めて来ました」と毎日新鮮な気持ちで通えばいい。――考えてみれば、ボケるのも悪いことばかりではない。同じ誕生日を何度祝ってもらっても、毎回うれしいのである。


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