『宮沢賢治の詩と心象風景』第九回「農民芸術概論綱要」 第4話 農民芸術の興隆/全8話
【原文】
……何故われらの芸術がいま起らねばならないか……
曾つてわれらの師父たちは乏しいながら可成楽しく生きてゐた
そこには芸術も宗教もあった
【現代語訳文 】
なぜ今、私たちの芸術が立ち上がらなければならないのだろう。
かつて私たちの父祖は、暮らしこそ貧しかったが、土と季節に寄り添い、思いのほか明るく楽しく生きていた。日々の仕事には歌があり、祭りがあり、祈りがあった。芸術も宗教も、暮らしから離れた飾りではなく、人々の心を支える光として、田畑や家々の中に息づいていたのだ。

【原文】
いまわれらにはただ労働が 生存があるばかりである
宗教は疲れて近代科学に置換され然も科学は冷く暗い
【現代語訳文 】
いま私たちの前にあるのは、ただ働くことと、生き延びることだけだ。
かつて人の心を支えた宗教は疲れ果て、その場所を近代科学が占めるようになった。けれど科学は、世界の仕組みを明らかにしても、私たちの孤独までは温めてくれない。その光は鋭く、あまりにも冷たく、未来さえ暗く見せるのである。

【原文】
芸術はいまわれらを離れ然もわびしく堕落した
いま宗教家芸術家とは真善若くは美を独占し販るものである
われらに購ふべき力もなく 又さるものを必要とせぬ
【現代語訳文 】
芸術はいま、わたしたちの暮らしから遠く離れ、
さびしく色あせ、売り物になってしまった。
宗教家や芸術家と呼ばれる人びとは、
真実や善、美しさを自分たちだけのものとして、
値をつけ、世に並べている。
けれどもわたしたちには、それを買う力もない。
いや、そんな借りものの光など、もういらない。
土と汗のなかから、わたしたち自身の美を生み出すのだ。

【原文】
いまやわれらは新たに正しき道を行き われらの美をば創らねばならぬ
芸術をもてあの灰色の労働を燃せ
ここにはわれら不断の潔く楽しい創造がある
都人よ 来ってわれらに交れ 世界よ 他意なきわれらを容れよ
【現代語訳文 】
いまこそ私たちは、新しくまっすぐな道を歩み、
自分たちの手で、自分たちの美を生み出さなければならない。
芸術の火で、あの灰色の労働をあたたかく燃え立たせよう。
ここには、絶えず澄んで、よろこびに満ちた創造がある。
町の人よ、どうか来て私たちと交わってほしい。
世界よ、飾りのない私たちを、そのまま受け入れてほしい。
