『粋の極み ・笑いの匠たち』46~48
46.柳家三三(やなぎや さんざ)
生年月日:昭和49年(1974年)7月4日
没年月日:ご存命
今日(2026年9月6日現在 )時点:52歳

柳家 三三(やなぎや さんざ)さんは、神奈川県小田原市出身の落語家で、本名は蛭田 健司(ひるた けんじ)さんです。1993年(平成5年)3月に十代目柳家小三治に入門し、前座名「小多け」を名乗りました。1996年(平成8年)5月に二ツ目昇進とともに「三三」と改名し、2006年(平成18年)3月に真打昇進を果たしました。2020年(令和2年)には落語協会理事に就任しています。受賞歴も豊富で、2007年には文化庁芸術祭大衆芸能部門「新人賞」、2010年には「花形演芸大賞・大賞」を受賞しています。また、NHK教育テレビのアニメ「パンツぱんくろう」では声優としても活動し、映画「しゃべれどもしゃべれども」では主演の国分太一さんに落語指導を行うなど、多方面で活躍されています。彼の落語は、自然体でありながらも緻密な構成と表現力で、多くのファンを魅了しています。
47.柳亭痴楽(りゅうてい ちらく)(4代目)
生年月日:大正10年(1921年)5月30日
没年月日:平成5年(1993年)12月1日
享年:72歳

四代目 柳亭 痴楽(本名:藤田 重雄)は、富山県富山市に生まれ、幼少期に東京・本所(現・墨田区)で育ちました。義太夫の修行を経て、昭和14年(1939年)に七代目春風亭柳枝に入門し「笑枝」を名乗り、昭和16年(1941年)に五代目柳亭左楽の門下となり、四代目柳亭痴楽を襲名しました。戦後初の真打ちとして昇進し、軽快な七・五調の語り口で新作落語を得意とし、「痴楽綴方狂室」や「恋の山手線」などで人気を博しました。昭和48年(1973年)に脳卒中で倒れ、長期の闘病生活を送りましたが、平成5年(1993年)に20年ぶりに高座復帰を果たし、同年12月1日に72歳で逝去しました。
48.笑福亭仁鶴(2代目)(しょうふくてい にかく)
生年月日:昭和12年(1937年)1月28日
没年月日:令和3年(2021年)8月17日
享年:84歳

笑福亭仁鶴(しょうふくてい にかく)は、大阪市生まれの上方落語家で、テレビタレントや司会者としても活躍しました。初代桂春団治のレコードに感銘を受け、1962年に六代目笑福亭松鶴に入門。吉本興業に所属し、ラジオやテレビで人気を博しました。特にNHKの「バラエティー生活笑百科」では30年以上司会を務め、「四角い仁鶴がまぁーるくおさめまっせ~」のフレーズで親しまれました。また、ラジオ番組で生まれた「どんなんかな~」などのギャグも流行しました。代表作には「不動坊」「青菜」「つぼ算」などがあり、バリトンボイスとテンポの良い語り口で多くの人々を魅了しました。2005年には吉本興業の特別顧問に就任し、上方落語の発展に尽力しました。2021年8月17日、骨髄異形成症候群のため84歳で逝去されました。
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