66.『江戸小咄』「御寵愛(ごちょうあい)」
ある日のこと、長屋の与太郎が、珍しく小ざっぱりした身なりで現れた。ご隠居が目を細めて問うと、与太郎は照れながら「実は、吉原の花魁(おいらん)に惚れ込まれまして」と自慢げに語る。連日通い詰めては、花魁から「あなたのような男を待っていたの」と甘い言葉をかけられるという。

ご隠居は胡散臭げに「そりゃあ、よっぽど気に入られたんだな」と茶化すが、与太郎は真に受けて「へえ、あっしもついに“ご寵愛”ってやつで」と胸を張る。近所でも噂になり、与太郎はすっかり舞い上がり、髷(まげ)を撫でては鼻の下を伸ばす毎日。

ある晩、長屋に戻った与太郎、どこか元気がない。ご隠居が問いただすと、ぽつりと「どうやら“ご寵愛”ってのは、“ご帳合(ちょうあい)”って意味だったようで……」と白状。つまり、惚れられていたのではなく、勘定帳にしっかり名が載っていたというオチ。金払いの良さに“惚れ込まれた”というわけで。

ご隠居は腹を抱えて笑いながら、「粋だの色だの言っても、銭にはかなわねぇってことさ」と一言。与太郎は苦笑いしながら、「いやぁ、いい“経験代”でござんした」とつぶやく。
――江戸の町では、惚れた腫れたも、笑ってこそ“粋”になるのでござんす。
