62.『江戸小咄』「野等息子(のらむすこ)」
長屋の与太郎、朝からぶらぶら。近所の者が心配して声をかけても、「いやぁ、働くより日向ぼっこが性に合ってます」とへらへら。ご隠居が渋茶をすすりながら、「お前さん、少しは親に顔向けできることしな」と言っても、「親父は、どうせ勘当同然でしたから」と軽い調子でかわす。

ある日、長屋に立派な身なりの男が訪ねてくる。与太郎の父親だという。昔は町の名主で、与太郎を厳しく育てたが、放蕩三昧の息子に手を焼き、ついに勘当。だが年老いて病も重くなり、最後に一目、我が子に会いたくなったという。
与太郎は最初、ふてくされていたが、ご隠居に背中を押され、しぶしぶ父と再会。互いに気まずい空気のなか、しばらく黙ったまま向き合う。

ふと父が懐から小さな木箱を取り出す。「これはお前が七つのときにくれた、泥細工の地蔵じゃ」
それを見た与太郎、目を丸くして言葉を失う。「まさか、まだ持ってたんで?」
「親というのはな、見放したつもりでも、心までは捨てきれんものよ」
その言葉に、与太郎はぽろりと涙をこぼし、「おいら、ちょいと真面目にやってみます」と、初めてまともに頭を下げた。

数日後、与太郎は朝から薪割りを始めた。近所の連中が驚いて見ていると、ご隠居がにやりと一言。「あれが“親の顔を立てる”ってやつさ」
野等息子と呼ばれた与太郎も、地蔵のようにじっと親の想いを受けて、少しずつ人の形になってゆくのでござんす――。
