よもやま文庫/語り継ぐこころ

日本おとぎ噺・江戸小咄、古典落語・笑いの匠たち・私の与太話・古典小説のダイジェスト版と挿絵です。 文も挿絵もChatGPTが作っています。ちょんまげの描写が正しくできません。お許しを。

『宮沢賢治の詩と心象風景』第六回「小岩井農場」7話 雉子と地質時代の雲/全12話

100えんメガネ

【原文】

春のヴアンダイクブラウン
きれいにはたけは耕耘された
雲はけふも白金と白金黒
そのまばゆい明暗のなかで
ひばりはしきりに啼いてゐる
(雲の讃歌と日の軋り)


【現代語訳文 】

春の大地は、ヴァン・ダイク・ブラウンの絵具を溶かしたような、深くやわらかな褐色に染まっている。畑は隅々まで美しく耕され、種を迎える静かな呼吸を始めていた。空には、白金色に輝く雲と、黒みを帯びた雲が重なり、まばゆい光と影をつくっている。その激しく移ろう明暗のなかで、ひばりは空高く、休むことなく歌い続ける。まるで雲をたたえる讃歌と、きしみながら回る太陽の光とが、春の天地いっぱいに響き合っているようだ。



【原文】

それから眼をまたあげるなら
灰いろなもの走るもの蛇に似たもの 雉子だ
亜鉛鍍金の雉子なのだ
あんまり長い尾をひいてうららかに過ぎれば
もう一疋が飛びおりる
山鳥ではない
(山鳥ですか? 山で? 夏に?)
あるくのははやい 流れてゐる
オレンヂいろの日光のなかを
雉子はするするながれてゐる
啼いてゐる
それが雉子の声だ


【現代語訳文 】

ふたたび目を上げると、灰色のものが野を走っている。蛇のように細長く見えたそれは、雉子だった。亜鉛めっきのような鈍い光をまとい、長すぎるほどの尾を引いて、うららかな野を横切っていく。すると、もう一羽が舞い降りた。山鳥ではない。雉子は足早に歩くというより、流れるように進んでいる。オレンジ色の日差しの中を、するすると滑ってゆく。そして鋭く鳴く。その声こそ、春の野に響く雉子の声なのだ。



【原文】

いま見はらかす耕地のはづれ
向ふの青草の高みに四五本乱れて
なんといふ気まぐれなさくらだらう
みんなさくらの幽霊だ
内面はしだれやなぎで
鴾いろの花をつけてゐる
(空でひとむらの海綿白金がちぎれる)
それらかゞやく氷片の懸吊をふみ
青らむ天のうつろのなかへ
かたなのやうにつきすすみ
すべて水いろの哀愁を焚き
さびしい反照の偏光を截れ


【現代語訳文 】

見渡す耕地の端、向こうの青い草の丘に、四、五本の桜が思い思いに立っている。なんと気まぐれな桜たちだろう。どれも生きた木というより、桜の幽霊のように淡く、内側には枝垂れ柳のような影を抱きながら、朱鷺色の花を咲かせている。空では白金色の海綿のような雲がちぎれ、光る氷のかけらを吊り下げる。その輝きを踏み越え、刃のように青い空へ突き進み、水色の哀しみを燃やしながら、寂しい光の反射を切り裂いてゆけ。



【原文】

いま日を横ぎる黒雲は
侏羅や白堊のまつくらな森林のなか
爬虫がけはしく歯を鳴らして飛ぶ
その氾濫の水けむりからのぼつたのだ
たれも見てゐないその地質時代の林の底を
水は濁つてどんどんながれた


【現代語訳文 】

いま太陽の前を横切っていく黒い雲は、ジュラ紀や白亜紀の、光も届かない深い森林から立ちのぼってきたものなのだ。そこでは、鋭い歯を鳴らす爬虫類が空を飛び、激しい洪水が白い水煙を巻き上げていた。だれの目にも触れなかった太古の森の底を、濁った水は木々を押し流しながら、轟々と絶え間なく流れ続けていた。その遠い時代の記憶が、いま黒雲となって空を渡っている。


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